基本情報
標準和名:ユウレイイカ 学名:Chiroteuthis (Chirothauma) picteti 雌雄:雌雄不明 成熟度:不明(若そう) 体重:87.2g 外套背長:14.6cm
ID:CP-210315-001 解剖日:2021/3/15 入手日:2021/3/15 入手方法:鮮魚店より譲受 産地:小田原根府川 状態:生
解剖雑記
昨年の3月に解剖したユウレイイカ。諸事情あり更新が遅くなってしまった。珍しいイカなので当時は喜んで譲り受けたが、今思えば研究者の方へつないだ方がよかったかな。
まずは生きているときの様子を見てみる。
1つ目の動画は体全体の様子がよくわかるが、少し弱っているのかも。次の動画のほうが元気そう。そして海底にヒレをこすりつけて掘るような動作をしているけれど、これは何なんだろう。
標本では色味も瑞々しさも失われているものが多く、生体の様子を想像しづらいが、実際はこんなに優雅で美しい(と私は思う)。透けた体の中に浮かび上がる内臓がセクシー。柔らかい体のくせにアグレッシブな動きもするし。
では解剖写真の一部を載せていく。
※以下、素人の観察・感想なので、正確なことをお知りになりたい方は最後に載せた参考文献をご覧ください。また、本文中に間違い等ありましたらご指摘いただけると嬉しいです。
全体
1枚目が背側、2枚目が腹側から撮影した全身写真。
体中が寒天質で透けており、食用とされているイカとは全く違う。この寒天質の体には塩化アンモニウム液が詰まった液胞があり、ユウレイイカはこれによって浮力を得ているそうだ。
触腕は異様に細長く、太くて長い第Ⅳ腕が目を引く。
新編 世界イカ類図鑑を参考に観察したところ、下記の特徴からユウレイイカでほぼ間違いないかなと。しかしいくつか確認出来ない点もあった(後述するが、おそらくは漁獲時に欠けたと思われる)。
- 生息域:日本近海(本個体は小田原)
- ML:25cm(本個体は15cm程度だが生殖腺の様子からしてまだ若く小さいのかもしれない)
- 全身が寒天質で柔らかい
- IV腕は特に膨大するのみならず組織に埋った55個の発光器がある
- 外套膜は細長い円錐形で鰭は円形、尾部は長い
- 頸は長く円筒形
- 眼の周縁に三列に並ぶ発光器がある
- 触腕柄部は長く、掌部先端に発光器がある
- 墨汁嚢上に一対の水滴型の発光器がある
このユウレイイカは数匹まとめてざっくりと袋に入れて運ばれてきたため、腕がめちゃくちゃに絡まっていた。釣りでこんな風にオマツリしてしまったら迷わず糸を切るレベルだが、なるべく元の状態のまま記録したいと30分くらい頑張って解いた。それでも細かいところは欠損していたが、鮮度的にはかなり良いかんじ(朝獲れ、夜解剖)。
左第Ⅳ腕に謎の付着物(写真中央の黄色い物体)。解剖時、疲れすぎていて知らない間に捨ててしまったようなのだが、何だったんだろう。
腕
触腕を含め、10本の腕。第Ⅳ腕(真ん中の2本)が特別太くて長い。そして、とにかく触腕が細長い。ちょっと油断すると切れそう(この写真より全体写真の方が分かりやすい)。新編 世界イカ類図鑑やその他情報によると、この細長い触腕の柄部に点々と黒っぽい40個の発光器が付いているはずなのだが、この個体には見つけることができなかった。不安。
これが触腕掌部。これまた不安。
新編 世界イカ類図鑑によれば「触腕吸盤は長い柄をもち翼状の保護膜があり,4横列が凡そ90列あり,掌部先端に発光器がある.」とのことだが、吸盤がほとんど見られない。でも全くないというわけではなく部分的にちょろちょろと付いているので、たぶん網にかかったときに擦れて取れてしまったのだと思う。柄部の発光器もきっとそうだと思うことにする。左の触腕掌部は欠損していて比較ができなかった。
www.youtube.com
一瞬なので分かりづらいが、こちらの動画だと触腕柄部の発光器が青白く光っているのがわかる。
触腕先端の発光器らしきものはあった! イカはしゃべるし、空も飛ぶ〈新装版〉 面白いイカ学入門 (ブルーバックス)によれば、ユウレイイカはこの細長い触腕を釣り糸のように垂らし、先端の発光器で小動物を誘うルアーとして使っているのかもしれないという。捕食シーンを見てみたいな。(情報ある方教えてください!)
これは飼育環境下でのユウレイイカの摂餌映像。餌を食べているところから始まるので捕食の様子はわからないが、貴重な映像であることには変わりないだろう。動画最後に発光している様子も映っている。
ユウレイイカの腕の中でひと際目立つ第Ⅳ腕がこちら。吸盤は2列で、外側に遊泳膜?的ものが翼状に広がっている。
そしてこれが皮膚に埋め込まれる形でついている発光器。2枚目が発光器を強調したもの。この赤い粒々(55個)が全部光るってお洒落だなぁ。最近、生物発光の研究をされている方の動画を見て、生物発光に興味を持ってきた。
これがその動画。イカの種類によって発光の仕組みが異なるらしいので、そこのところ詳しく知りたい。とりあえず今この本を読んでいる。
角質環はこんな感じ。歯のところを拡大してみればよかったなあ。
ヒレ
うちわっぽい丸いヒレ(1枚目が背側、二枚目が腹側)。生体の動画で見ると、このヒレの先の部分(尾部)が折れてしまっているものもあるが、この個体は無事なようだ。
漏斗
小さめだけど漏斗もある。スルメイカなんかだと上下左右に漏斗の向きを変えられるだけの可動部があるんだけど、ユウレイイカは頸部にしっかり漏斗が癒着していてあまり動かせない感じ。急な方向転換をする必要がないのだろうか。
内臓全体
パンパカパーン。開けてびっくり玉手箱。胴、ちっさ。事前に外套長を計測してはいたが、無意識に頸部(眼と胴の間の部分)を胴長に含めてしまっていたので、感覚のギャップが大きかった。
そしてピンク!盲嚢と直腸がピンク色だが、内容物というより臓器自体がピンク色のような感じ。直腸を挟んで見える大きな2つのレンズは発光器だな。
内臓を覆っている膜を剝がそうとして違和感を感じた。膜が膜じゃない(?)。スルメイカやコウイカなどは内臓を覆う膜は薄くて伸縮性があるのだが、ユウレイイカの内臓は膜というより薄めの寒天で覆われている感じ。あまり伸びずにモコっと崩れる。
膜的なものを取り除いて内臓をよく見えるように開いた様子。
ボタン
私が知る限りのイカには胴と外套膜をつなぐスナップボタンが付いているのだが、ユウレイイカも例に漏れず凹凸のボタンペアがあった。
漏斗軟骨器(凹)。2枚目は周りを暗くして強調したもの。漏斗軟骨器は丸っこくて、コウイカのものと形が似ている。
外套軟骨器(凸)。2枚目は周りを暗くして強調したもの。
心臓とかエラとか
きちんと見ていれば絶対あったはずなのだが、心臓、エラ心臓が行方不明。疲れているときに解剖するなとあれほd(以下略
エラはこんな感じで、よく見ているイカに近い。写真で見切れているけれどエラの根元にある透けた薄いオレンジの物体が多分エラ心臓。
発光器
写真真ん中あたり、透明な丸っこいレンズ2つが発光器かな。
ミミイカやダンゴイカの発光器にもレンズがついていて(ミミイカは蝶々とか鞍みたいな形)、レンズの下あたりに墨汁嚢で覆われた部屋があり、そこに発光バクテリアを住まわせているという。ユウレイイカも似たような感じなのだろうかと思ったが、イカはしゃべるし、空も飛ぶ〈新装版〉 面白いイカ学入門 (ブルーバックス)によれば、
この形式は、沖合の中層や深海にすむ開眼類には見られず、閉眼類とダンゴイカ類のグループに限られている。
とのこと。ユウレイイカは深海にすむ開眼亜目なので、ダンゴイカ類のような発光形式ではないということになるが、それではどうやって光っているのだろう。
レンズは墨汁嚢の上(腹側)についている。裏側は墨汁嚢なので真っ黒。
生殖腺らしきもの
この個体が若いのか、生殖腺らしきものをよく見ても雌雄がわからなかった。
肝臓の左にある白っぽい透明な器官(指で支えているところ)は、位置的に卵巣か精巣だと思う。よく見ると中に小さな粒が見えるので、この時点ではメスかなと考えていた。
しかし、包卵腺とか輸卵管腺らしきものがないようにみえる。間違えて捨てちゃったかな?
代わりに生殖腺なのかも不明な臓器が出てきた。細長い管のようなものも見える。見ようによってはオスの貯精嚢から陰茎のあたりに似ているような気もするけれど全然わからない。結局オスなのかメスなのか。
消化器
生殖腺や直腸、墨袋を取り除き、さらに外套膜から外したところ。
取り去る前に撮影しておいた直腸。ピンク色のラインが美しい。
茶色の液体の中に、細かな銀色の粒子と赤い油が浮いている。何を食べているんだろうなぁ。
肝臓はコロッと丸い形。何かに似ているなと考えてみたら、そうだ、コロロだ。
イカの可愛い肝臓選手権なら、少なくとも5本の指には入る愛らしさ。私が解剖した中なら1番かもしれない。コウイカの歩き出しそうな肝といい勝負。
盲嚢はドッキリピンク。胃から盲嚢に移ると急にピンク色になるのが不思議だ。消化液の色なの?
口まわり
口は小さめ。真ん中の茶色い爪みたいなのがカラストンビで、それを囲む白い筋肉が口球、周りの赤茶のビロビロは囲口膜。
ユウレイイカの囲口膜は薄くて長くて伸びがよい。これでふわっと獲物を包んでしまうのかも。囲口膜の色はホタルイカに似ている。
左右の第Ⅰ腕の間にハサミを入れて、口球を引きずり出したところ。口球が食道と繋がっているのがよくわかる。
中央部から各腕に伸びている細い糸のようなものは腕神経。体が透けているから見やすいね。
口球を取り除いたところ。こうしてみると囲口膜がほんとに長いな。
取り出した口球はこちら。縦に長い?奥行きがある感じ。口唇はそんなに伸びない。
中からカラストンビを取り出そうとしたのだが、全然肉と離れてくれなかった。前回のコウイカ解剖で分かったことだが、おそらくは鮮度が良すぎるのが理由だと思う。
肉が付いたまま冷蔵庫で保存し、翌日取り出したカラストンビ。小さくて脆い。
頭部
こちらが頭部。すごく長い(図示したところを仮に頸と呼んでいる)。
ユウレイイカやヤツデイカなどの仲間は皮膚下の液胞を塩化アンモニウム液で満たし、それによって浮力を得ている。ユウレイイカの場合は、若いときはこの長い頸に多くの塩化アンモニウム液を蓄えており、成熟して頸が短くなってくるにつれ今度は第Ⅳ腕が太く長くなってきて、ウキとしての役割を徐々に交代していくそうだ。
幼生時代は外套長と頸部の長さがほぼ同じくらい(すごい長い!)というから、この個体は成体かな。
実際、水族館で見たユウレイイカの生体は、第Ⅳ腕を上にして逆さ(図鑑に載せる際はこれが正しい向きなのだが)になって漂っている時間が長かった(写真整理したら後日載せます)。しかし冒頭に貼った動画の2つ目なんかは腕を下にして活発に動いているので、休んでいるときや弱っているときは腕の浮力に任せて浮いているのかもしれない。
頸部を輪切りにしてみると、大きな液胞にたっぷり液が詰まっていた。頸全体が塩化アンモニウムタンク、これは浮きそうだ。
更に目に向かって薄切りにしていくと、平衡胞らしき空間が見えた。平衡石らしき白い欠片も目視できたのだが、集中力の低下で採取できず。ピンセットの先にあのカリカリとした平衡石特有の感触が伝わって来ていただけに、かなり悔しい。
眼球
死してなお美しい瞳。見やすいように、目の周りの軟骨を少し取り除いた。正面からは1列の発光器が見える(腹側の白い粒の連なり)。
腹側から見ると発光器は3列。今思えばこの粒の数を数えておくんだった。多分20個以上はあった。新編 世界イカ類図鑑に当然書いてあるだろうと思いこんでいたが、3列ということ以外記載なし。
その他、味など
軟甲はシュッと細くてスルメイカ系。ちゃんと保存しておけばよかったのだが、乾燥して糸みたいになってしまった。
お約束の味見もしてみた。第Ⅱ腕の先端、外套膜後端、外套膜の一部、第Ⅳ腕の一部、頸の一部。
これは第Ⅳ腕が一番まずかった。僅差で頸部。塩化アンモニウムの量なのかな。えぐみと塩味がすごかった。他の部位は味に大きな差はなく、しょっぱいなーくらい。
反省点
- 解剖から記録まで間が空きすぎた
- 疲れのため、集中力が続いていない
- 残せる部位の保存をきちんとしていない
最初の二つは毎度のことである。ちゃんと改善しろ! (自分へ)
カラストンビ、軟甲、平衡石などの硬い系の部位の保存もそうだが、ユウレイイカのような希少なイカの場合は、筋肉や目、生殖器らしき部分も冷凍で残しておくべきだった。
良かった点もないわけではない。
解剖から2年近く経過してからの振り返りにもかかわらず、当時の詳細な観察記録が残っていたために、それなりにブログを書くことができた。また、間を置かずに生体展示を見る機会があったので、解剖時に見た体の構造を照らしながら生体の行動や体の部位を観察できたのはなかなか楽しい体験だった。
今後このような珍しいイカを解剖する機会があるかわからないが(多分研究者の方に送ってしまう)、そういう機会があればなるべく詳細な記録とモノの保存をしておこうと誓ったのであった。