基本情報
標準和名:ドスイカ 学名:Berryteuthis magister (Berry,1913) 雌雄:メス 成熟度:1 体重:不明 外套背長:23.4cm
ID:BM-230607-001 解剖日:2023/6/7 入手日:2023/6/7 入手方法:K先生より譲受 産地:羅臼 状態:生
解剖雑記
X(旧:Twitter)でご縁ができたK先生より、「ドスイカが(研究室に)来ましたが、もし良かったら来られますか」と連絡があった。K先生は寄生虫を研究されており、以前、研究で利用するホタルイカやドスイカの姿をTwitterでアップされていた。その際にもしイカが来たら見せていただけないかとお願いしたのを覚えておいてくださったのだ。イカは突然来るので恐らく当日の連絡になる旨を伺っていたが、本当に急に来た。チャンスというものはいつでも急に来る。
見せていただくだけでも十分有難いのに、研究に使わない部分は持って帰って良いとのこと! ありがたく持ち帰らせていただいた。
K先生、本当にありがとうございます!
※以下、素人の観察・感想なので、正確なことをお知りになりたい方は最後に載せた参考文献をご覧ください。また、本文中に間違い等ありましたらご指摘いただけると嬉しいです。
ドスイカとは
そもそもなぜそんなにドスイカが欲しかったのか。
ドスイカは北の海に棲む大型のイカで日本では北陸、東北、北海道などで水揚げされるが、全国的には流通していない。多分、あまりにも見た目が悪いからである(どれほど悪いかはこの後ご覧ください)。
味としては柔らかいとか水っぽいとか味がないとか色々言われているのだが、ざざむし。さんのドスイカの味が聞いてた話と違いすぎた件 | ざざむし。によると、鮮度の良い刺身は甘えびのような味がするという。これを読んでからもう、ドスイカと会いたくて堪らなくなったわけだ。イカが甘えびって。どういうことだ。
全身
まずは、研究室にてバラす前の完全体ドスイカを見せていただいた。
どーん。これが件のドスイカ。鮮度ピカピカとはいかないけれど、生で食べられるくらいの鮮度(眼から判断)。それにしても皮がドゥルドゥルすぎる(ざざむし。さんのブログでも、釣ってすぐに表皮がはがれてきている写真がUPされていた。)。これは流通しませんわ。泳いでいる動画をみたことがあるのだが、美しい赤色をしていて、とても数時間でこんな風になるようには見えなかったのにな。手で持った感触はとっても軟らかい。ハリとかない。ただただ軟らかい。そんなんだから、いつものポーズを取らせるのは諦めた。
元気なニベリニアがたくさんついていた。続いてお腹をガバッと開ける。まずは生殖腺から見てみよう。
生殖腺
パッと見ただけでは生殖腺が見当たらなかったが、よく探したら半透明の二筋の包卵腺が見えた。 卵巣はあることにはあるが糸くずのようで、輸卵管腺に至っては見つけられなかった。どうやら未成熟のメスのようだ。
漏斗軟骨器・外套軟骨器
開腹のたびに楽しみにしている漏斗・外套軟骨器。外套膜(身の部分)と頭をつなぐ部分にあって、スナップボタンのように凸と凹がある。ここの形がイカの種類によって異なるのである。下の写真はスルメイカのもの。漏斗側と外套膜側にそれぞれ二つずつついている。スルメイカの場合はY字型。他にもI字型やO字型(?)もある。
さて、ドスイカは何型か。漏斗側(凹)から見ていく。
こちらは外套膜側(凸)。
というわけでV字型だった。初めて見る型なのでテンションが上がる。
エラ・エラ心臓・心臓
腹を開いたときから凄い主張してくる肝臓はいったん置いておいて、その上にへばりついている循環器を観察。
エラ心臓が溶けがちなのはあるあるだが、このドスイカは心臓まで軟らかい。スルメイカなどの心臓は、心臓らしくコリっとしているのだが、ドスイカは軟らかさにすべてを振っているのか。
エラは他のイカ同様、櫛状の構造になっているようだ。それにしてもとろけそう。
消化器
循環器を取り除いて、消化器の観察に移る。この部分はK先生が研究で使われるそうなので、研究室にいるうちにじっくり見ておいた。
写真ではわかりづらいのだが、なんか全体的に非常に細かいラメで覆われているような輝きがある。概ね他のイカと同じような配置だ。
肝臓はかなり水っぽそう。いつか機会があったら味見もしてみたい。墨袋を持ち帰りたかったのだが、肝臓を傷つけそうだったので今回は諦めた。
胃の筋肉は白く、赤っぽい液体が少し入っていた。魚の血液かしら。
ここまででK先生の研究室での観察は終了。この他にもアニサキス二種を顕微鏡で見せていただき、胃の位置を教えていただいたり、素敵なお土産をいただいたりして帰宅。K先生のご研究が進みますように。
1時間、保冷剤でギンギンにドスイカを冷やしながら帰宅。最近買ったサーモスの保冷バッグが役に立った。
中身はない状態だが、いつものようにポーズを取らせてみる。外套長23センチほどだが、幅があるためか同じくらいの外套長のスルメイカより断然存在感がある。そしてとにかく軟らかい。水っぽさはあまり感じなかった。ユウレイイカは切るとジャンジャン水が出てきたけれど、ドスイカはそんなことはない。
触腕
この辺から疲れとニオイのためにだんだんと観察が雑になってくる。そう、実はこのドスイカ、なかなか「イカらしい」ニオイがするのである。そして私はイカのニオイが非常に苦手である。イカ好きなのに。思い出しただけで頭がくらくらしてきた。
触腕は非常にたくさんの細かい吸盤が並んでいるのだが、角質環がぽろぽろ取れてきてしまっていた。角質環の歯はあるので触るとザラザラするが、鉤はない。
触腕掌部は両側に膜みたいなものがあり、それをぴったり閉じると中の吸盤が全く見えなくなる。ねちゃーっと開くと細かい吸盤が現れる。普段は閉じていて、捕食の時に開いたりするのだろうか。
腕
新編 世界イカ類図鑑によると、「Ⅳ腕は吸盤のみ4列に並んでいるが、第Ⅰ~第Ⅲ腕は内側に列は鉤になっている」とある。しかし体の軟らかさ、千切れやすさのせいかほぼすべての吸盤が取れてしまっており、そのあたりは観察できなかった。本来であればここは同定でとても大切な部分だと思うのだが、今回は水揚げ場所やその他特徴からドスイカとして扱っている。
口・カラストンビ
口はこんな感じ。
囲口膜は薄紫色で、引っ張るとかなり伸びる。いつも思うのだが、この囲口膜の役割は何だろうか。
口の左右についているこの腱のようなものはなんだろう。
カラストンビは取り出しづらかった。やはり新鮮だと口球から剥がれづらい気がする。
イカのカラストンビもよく観察すると種ごとにそれぞれ特徴があって、今回のドスイカは特に下顎板(トンビ)が可愛らしかった。「翼」と呼ばれる部分(両サイドに広がっている部分)に、茶色い斑点のような模様があって、なんとなくおかめさんの頬紅のように見える。好きな下顎板ランキング上位だな。
眼
予想していたことではあったが、やはり眼球は非常につぶれやすく、片目はつぶれてしまった。反対側も液漏れしてしまい薄っぺらい。
水晶体はどのイカもいつ見ても綺麗だ。最近は乾かして保存するようにしている。
平衡石
一番びっくりしたのは平衡石かも。平衡石は目のすぐ後ろの頭蓋軟骨にある平衡胞という左右一対の部屋の中にある。平衡石の位置が良いと外から透けて見えるのだが、ドスイカのは明らかに大きかった。
スルメイカの平衡石なんて見えるか見えないかのサイズなのに、ドスイカの平衡石は、ごろん、という不気味な存在感があった。頭でっかちな芋虫みたいな形で可愛い。平衡石のサイズや形の比較は別途書こうと思うので、ここでは控えめにしておく。とにかくドスイカの平衡石はでかい。
ドスイカは甘えびの味がするか
さて、これが気になって最後まで読んでくださった人がいるかもしれない。結論から言うと、「甘えびの風味が確かにある」。
写真を見てわかるように、かなり温度に注意しながら解剖したものの、鮮度の低下が激しかった。
そのため、私にとってはかなり忌避感のある物体になっており、生で食べるのにも抵抗があったが思い切って口に運んだ。
甘えびじゃん! もちろん、ざざむし。さんのブログを読んだことによる先入観はあるが、確かに薄い甘えびの風味がある。特に腕。身の方は結構味が抜けてきており甘えび感は感じられなかった。
鮮度が高いほど甘えび感は強いらしいので、いつかは自分で釣って船上で食べてみたいものだ。ちなみに今回くらいの鮮度であれば、割と簡単に皮がむけた。腕は靴下を脱がせるようにズルっと。これはなかなか快感だった。
これ以上生で食べるのは抵抗があったので、サッと茹でてみた。
無になった。味が消え去っている。ただひたすら軟らかく、筋線維の走る方向とか関係なく簡単に千切れる。鮮度の良いものを下茹でせずにフライにしたら美味しいかもしれない。
ドスイカの本当の味(?)については、これから探索の必要がありそうだ。
反省点
- 味を確かめたいなら最初に食べるべきだった
- 疲れていないときに解剖するべk(以下略)
ついつい記録を優先しがちだが、鮮度落ちが致命的な問題になるような場合は、先に食べる部分をサッと観察してからすぐに食べるのが良さそうだ。次があることを願う。