基本情報
標準和名:ナンヨウホタルイカ 学名:Abralia (Heterabralia) andamanica 雌雄:メス, オス 成熟度:いずれも3a 体重:メス 5.4g~8.7g オス 2.0g 外套背長:メス 4.0cm~5.0cm オス 3.0cm
ID:AA-211011-001~003(メス), AA-211011-004(オス) 解剖日:2021/10/11 入手日:2021/10/11 入手方法:桜エビ漁で混獲されたものを譲受 産地:駿河湾 状態:生
解剖雑記
このナンヨウホタルイカは特段珍しいイカと言うわけではないが、私にとっては未知の状態から一人で同定に成功したイカなので、思い入れがある。
2年前の10月、「季節外れのホタルイカ入荷!」という鮮魚店のツイートをたまたま見かけ、若いホタルイカを見られるチャンスかもしれない! と思ってすぐさま電話で取り置いてもらった。ホタルイカの旬である3~5月はホタルイカの産卵期にあたるため、成熟したメス以外は市場に出回らない。10月に捕れたものならまだ若いはずだと考えたのである。
当時療養中でイカふくめ全てに対する興味が失せつつあったが、11年にわたるイカオタク生活のせいか、半ば自動的に体が動いていた。吉祥寺駅から普通なら徒歩3分のところ、片道20分もかかったのを覚えている(体力が極端に落ちていて、歩けども歩けども前に進まなかった)。
という感じで手に入れたのがこちら。
この時点では完全にホタルイカだと思っていた。ここからは当時このイカを同定していった過程を追体験する形で書いていく(もうナンヨウホタルイカって言っちゃってるけどね)。
※以下、素人の観察・感想なので、正確なことをお知りになりたい方は最後に載せた参考文献をご覧ください。また、本文中に間違い等ありましたらご指摘いただけると嬉しいです。
腕発光器
いつも通り全身写真を撮っていると、なにかがおかしいことに気付く。腕発光器がない? ホタルイカは左右の第Ⅳ腕の先に、3つの黒ゴマのような発光器が付いているのだが、このイカにはそれがない。
腕の先端が欠けているわけでもないし、80数匹全て確認したが発光器がついている個体はいなかった。
腕には2列の鉤が並んでいる。ホタルイカよりこのイカの方がほんの少しだけ力強い感じ。以前解剖したホタルイカモドキと比べれば大したことはない。
触腕の鉤
触腕の様子も似ているが、ホタルイカは大きな鉤が2つなのに対し、このイカは2~4個(ばらつき有)あった。
これは私がまだ見たことのないイカなのかも!
背側
色素胞の感じ、頭部の光受容器などはかなりホタルイカと似ている。外套膜のシルエットはナンヨウホタルイカの方がちょっと短くてむっちりしている。(いずれもメスの場合)
腹面
腹面から見るとシルエットの差が更に明らかになった。ホタルイカは円筒形、ナンヨウホタルイカはなんか丸い。 ホタルイカの皮膚発光器は基本的にはランダムに散りばめられているが、正中線の部分だけなんとなく一筋整列しているのである。ナンヨウホタルイカも似たような感じだ。どうしてここだけ整列しているのかいつも不思議に思っている。
皮膚発光器
発光器は頭部腹側、腕の腹側にも及んでいる。拡大してみると発光器の色がホタルイカと微妙に違うことが分かる。ホタルイカは青と緑の二色使いなのに対し、ナンヨウホタルイカは紫色。ホタルイカモドキの発光器と近い色合いだ。
今のところ明確な違いは、第Ⅳ腕の発光器の有無、触腕の鉤爪の数、皮膚発光器の色。これと採集場所の情報を合わせればそろそろ同定できそうだということで、ホタルイカの素顔を引っ張り出してきた。
「ホタルイカの素顔」の最終章は「ホタルイカの仲間図鑑」となっており、ホタルイカが属するホタルイカモドキ科36種が掲載されている。これまでに得た情報から絞り込むと、該当するのは「ナンヨウホタルイカ」のみとなったが、何しろ同定に挑戦したのが初めてなので自信がない。ホタルイカモドキ科の同定で非常に重要な眼発光器の様子を観察までは保留とすることにした。
生殖腺
眼球の観察をするまえに、内臓を観察。オスメス両方手に入れることができたので比較ができて嬉しかったな。
メスは卵たっぷりで成熟している模様。白い輸卵管腺らしきものも発達している。続いてオス。
オスもある程度成熟しているっぽい。灰色が買った精巣と、精莢が見える。
消化器系
続いて消化器系を観察する。
胃と肝臓、墨袋は確認できるが他の部位が少し曖昧だ。それにしても墨袋の付近の黄色い色素?みたいなのは何だろう。袋状にはなっていないように見える。
今回から新しい試みとして、内臓を水につけて観察してみることにした。
形がくっきりとしてとても見やすい! 次回以降もやっていこうと思う。ただ、真水に入れたら白く濁ってしまったので、食塩水とかの方が良いのかもしれない。
精子塊?
内臓を外套膜から剥がしていると、メスの外套膜と肝臓の接続部のあたり(外套軟骨器の後ろ端の方)に、白い塊が付いているのを発見した。
白い塊を肝臓背側の軟骨あたりからちぎり取って水の中で揺らしたところ、糸状の物が集まってふさふさとしている。応援団が持っているボンボンみたいな感じ。
寄生虫かと一瞬思ったが、何か見覚えがある。ホタルイカモドキの精子塊に似ている気がする。場所は違うけれど、こんな感じのふさふさがメスに付着しているのを見たことがある。ホタルイカの精子塊とは見た目が違うけれど、場所は割と近い。また、オスにはこれが付着していなかったので精子塊の可能性は結構高いのではないかと考えている(ご存じの方いらしたら教えてください)。
口・軟甲
口は何の変哲もない感じ。
囲口膜がホタルイカやホタルイカモドキと比べると薄くて短い。
カラストンビは柔らかくて、一匹以外は割れてしまった。
軟甲はホタルイカによく似ているけれど、全体的にもう少し幅があってひし形に近い。
眼発光器
さて、お待ちかねの眼球である。この発光器でナンヨウホタルイカかどうかがはっきりするわけだ。
ホタルイカの素顔によると、ナンヨウホタルイカのの眼球は
眼は両端2個の乳白色大型の発光器とその間に3個の小型発光器をもつ.
ということなので、まさにこの記述通りということになる。図も載っていて、この写真にそっくり! ナンヨウホタルイカということでよろしいんじゃないでしょうか。
この時点でいか連合のメンバーに協力を仰いでみたところ、やはり同意見とのことだった。更に、ホタルイカモドキ科などを研究されている方がこのイカを必要とされているそうだったので、残りのイカをすべて冷蔵便で郵送したところ、数日後その方から「外見的特徴からしてナンヨウホタルイカで間違いないだろう」とご連絡をいただいた。めっちゃ嬉しい! ちなみに昨年その方とお会いしたら「あれね、面白いことになってますよ」とのことなので続報を期待したい。
平衡石
最後のひと頑張りで平衡石を採取。
小さいので取れないかなと諦めていたのだが、4匹解剖して1つ(右か左か分からなくなった)だけ採取することができた。執念だ。
交接腕
オスの交接腕について書き忘れていた。例によってホタルイカの素顔によると
雄の左第4腕は交接腕化し矩形の比較的大きい膜片と三角の小さい小膜片をもち, 変形部は鉤などを欠く.
とのこと。
これが大変見づらい。ホタルイカの時もそうだったが、対象が小さすぎるのと膜が張り付いてしまって上手く見つけられないのだ。それでも何とか撮った写真がこちら。
「三角の小さい小膜片」の方はあるにはあったのだが、写真に撮ることができなかった。
イカの腕の吸盤などは茹でると形がはっきりして見やすい場合があるので茹でてみた。生よりは若干わかりやすいかなというくらい。2枚の膜の間に細長い精莢を滑らせてメスへ運んだりするのかしら。交接を見たい。
味見
最後は味見。
解剖していないものを丸ごと茹でたのと、開いたのを茹でたのと。どちらもイカの味(雑)。ホタルイカの肝のような味は薄い。ごちそうさまでした。
寄生虫?
1匹だけ、メスの背中に寄生虫らしき柔らかくてウニウニ動くものが付いていた。結構しっかり食い込んでいた。正中線ど真ん中。
3時間くらいはずっと動いていた。
何なのかご存じの方は是非教えてください!
反省点
今回はまあまあ頑張ったのではないか。生き物を真面目に同定したのは初めてだったので、緊張と興奮がすごかった。何一つ見逃すまいという姿勢は常に持ち続けたい。悔やむべきはやはり写真の腕か。特に小さい部位については本番前に練習をしておく必要があると感じた。本番は突然来る。
希少種でなくても、食用として扱われないイカはあまり手元に来ないので、もしそういったイカで不要なものがあればご連絡いただけると助かります(突然のお願い)。場合によっては研究者の方とつなぐこともできそうだし。
さて、次回予告はドスイカです。お楽しみに。
参考文献
新編 世界イカ類図鑑(2015/1/20)奥谷 喬司