佐野まいけるのイカ解剖ログ

趣味で解剖したイカの記録を載せていきます。

ホタルイカモドキ_メス?_成熟度0_EC-210215-001

基本情報

標準和名:ホタルイカモドキ
学名:Enoploteuthis (Paraenoploteuthis) chunii
雌雄:メス?
成熟度:0
体重:18.6g
外套背長:7.5cm

ID:EC-210215-001
解剖日:2021/2/15
入手日:2021/2/14
入手方法:採取(頂き物)
産地:富山湾
状態:

解剖雑記

ホタルイカと同じ日に解剖してからもう3週間くらい経ってしまったが、ようやく書ける! もともとはこのホタルイカモドキこそが大本命。富山からはるばる送っていただいたときから、いまだにこのホタルイカモドキのことを想うと胸がざわざわして(良い意味で)気が狂いそう。ざざむしさん、本当にありがとうございます。

このホタルイカモドキというのは何者かというと、名前の通りホタルイカに似ているイカなんだけれど、これがちょっとややこしい。というのも、「ホタルイカモドキがホタルイカ科」なのではなく、「ホタルイカがホタルイカモドキ科」なのである。

f:id:maicos555:20210306162426j:plain ▲左3匹がホタルイカモドキ、右2匹がホタルイカ。興味ない人が見ると同じに見えるが、生き物好きが見れば全然違うくらいの差

この一見おかしな命名は、日本と世界とでこの類のイカがみつかった順番があべこべになったために起こった。経緯をまとめると、以下のような感じらしい。

日本では・・・
 1905年 渡瀬庄三郎先生が富山湾でホタルのように光るイカを発見し、和名をホタルイカと命名。
 1914年 石川千代松先生がホタルイカによく似たイカを発見し、和名をホタルイカモドキと命名。

でも実は世界では・・・
 日本でホタルイカが発見されるより前に、大西洋でホタルのように光るイカが発見されていた。
 そしてそのイカはホタルイカよりホタルイカモドキに近い種類だった。

というわけで、世界的には「ホタルっぽく光る小さいイカ」については、この最初に発見された「ホタルイカモドキに近い種」が基準となり、科名になったので、ホタルイカはホタルイカモドキ科ということになったということだ。

f:id:maicos555:20210306133654j:plain ▲しゅっと尖っていてかっこいいね

こういういきさつがあるので、イカ好きのあいだではホタルイカモドキの名はよく知られているのだ。しかしどこにでもいるイカではないので、富山など一部の地域に住んでいる方以外にはあまり身近なものとは言えない。生態も詳しく分かっていないようで、図鑑を開いても情報が少ない。

ではそんなイカとどうやって出会うか。富山のホタルイカ漁、静岡のサクラエビ漁で混獲されると聞くが、選別ではじかれるため食用としての流通はない。富山の方によると、2月ごろにホタルイカ狙いで海岸を見に行くと、出始めのホタルイカに混ざってホタルイカモドキの姿を見かけるという。本当なら富山まで赴いて自力で捕りたいのだが、昨今の状況では無理なので、ざざむしさんが捕ったものを送ってくださったというわけだ。

↑は、ざざむしさんが撮影された生体動画。上がホタルイカで下がホタルイカモドキだ。

ホタルイカよりさらに謎が深いイカとして、非常に気になっていたので送っていただいて本当に嬉しい。前置きが長くなってしまったが、この先も写真マシマシでお送りする。

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ホタルイカと比べると、ホタルイカモドキ(以下、モドキ)は外套膜後端がめちゃくちゃ尖っている。刺さりそうだ。

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頭部はホタルイカとそっくり。左右の目の上あたりにひとつずつ、丸く色素胞が抜けたようになっている部分があるのがわかるだろうか。

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ドアップにしたものをホタルイカと比較。ホタルイカの場合は、この丸い窓みたいな部分は光受容器となっていて、ここで上から降り注ぐ光を検知して、腹側にある発光器をどれくらい光らせれば自分の影が消せるのか計算し、光量を調整しているという。モドキもそうだとはどこにも書いていないが、あまりに見た目が似ているので多分同じじゃないかな、と思う。

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これは触腕。4つの大きな鉤がついている。ホタルイカと比べるとかなり凶悪な鉤だ。触腕掌部(鉤とか吸盤とかついているところ)の根元に、丸いぽちぽちが集まったような部分があって、これを固着器という。これはモドキに限ったことではなく他のイカにもある。小さい餌を捉えるときに、この固着器で左右の触腕をぴったりくっつけて、さきっちょだけをペンチのように開いて使うんだって。

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ほかの腕についている鉤もモドキはホタルイカと比べるとかなり大きく、長く、先の湾曲が激しいので、絡まり合った腕と腕をほぐすのが大変だった。力任せにやると千切れる。生きているときは自分で自分の腕がこんがらがったりしないのだろうか。私は2本しかなく鉤もない足が絡まってつまづくのだが。腕の先端は鉤がなく、薄ピンク色の可愛らしい吸盤になっている。

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口の周りを覆っている囲口膜(中央、赤紫色の部分)の様子はホタルイカとよく似ている。これをイメージしたドレスとか作って着てみたい。

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くるっとひっくり返して腹側。ホタルイカ同様、モドキも腹側に発光器が多数点在しているが、ホタルイカはほぼランダム(真ん中に縦2列くらい線っぽくなっているところがある)だが、モドキは明確にストライプ状になっており、この帯は8列ある。(黒っぽいつぶつぶ)

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発光器のしましまは漏斗にも続いている。かわいいね。

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さらに漏斗も通り越して、頭から腕まで発光器が続いている。なかなかお洒落さんだな。モドキが光っているところを是非とも見てみたいものだ。

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ようやく開腹。内臓はホタルイカにとても似ている。内臓だけ見せられたら区別がつかないかも。

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気になったのはここ。外套膜の後端、キレッキレにとがっている部分にはハサミが入らなかったのだ。

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さらにアップでどうぞ。とんがり部分には透明なゼラチン状の何かが詰まっていて、これ以上先へ進めない。この部分はなんなんだろう。(後日、食レポ編に続く)

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腹を開けば雌雄がわかるだろうと思っていたが、そうは問屋が卸さない。どうも未成熟であるようだ。この個体の外套背長は7.5cmで、図鑑によると10cmくらいまで成長するようだから確かに筋が通っている。

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外套膜後端(写真右側)に卵巣か精巣があるものなんだけれど、透明すぎて判別できない。メスにある特徴的な器官、輸卵管腺も見えないし、かといってオスの精莢嚢なども見当たらない。交接腕が見当たらないので、仮にメスということにしておこう。

こうなってくると一つ疑問が湧いてくる。ホタルイカモドキは性成熟もしていないこの時期に、どうして接岸していたのか。ホタルイカとモドキが似たような生態であると仮定すると、モドキも産卵期に接岸するというのならわかるが(交接・産卵期は8~9月という噂も聞いた)、2月に接岸するのは何の用なのか。

多分深海性のイカだから(生息深度の情報も見当たらなかったが、発光器の様子やホタルイカと混獲されることからして)、日周鉛直移動(昼は深海、夜は浅海に移動)はしているだろうと思う。では産卵等関係なく浅海に来たついでに毎日接岸してるのかなと思いきや、ホタルイカシーズンを過ぎるとモドキは見ないという話も聞く。ただこれは、ホタルイカシーズンを過ぎたらわざわざ海岸を見て回る人がいなくなるというだけで、実際にはちょこちょこモドキが来ている可能性もなくはない。謎は深まるばかりである。

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謎はいったん置いておいて、眼の発光器を愛でるとしよう。ホタルイカも同じ位置(目の腹側)に発光器があるが、数は5つ。対してモドキは9つもある。一個おきに白、紫、白、紫と並んでいて、両端は少し離れて大きい。装飾用のラメシールに見えてきた。お洒落だなぁ。

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軟甲は剣の形。ドラクエにこんな剣あったよね。このまま保存したかったのだが、乾燥したらくるっくるによじれてしまい失敗した。形を損なわない保存法として、レジン、マニュキア、ハンドクリーム(教えてもらった情報)などを今後試してみる。アルコールに浸けておくのは場所を取るので・・・。

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最後はカラストンビでお別れ。ちっちゃいけれど、ホタルイカの2倍くらいある。

平衡石採取にも実は挑戦したのだが、さすがに小さすぎて無理だった。でもネットで調べた限りではホタルイカの平衡石を採取して日輪を調べたという記録が出てきたので、ちゃんと設備を整えればできない話ではないようだ。いつかやりたい。

反省点

・ホタルイカとほぼ同じ。対象が小さいので写真のピントが合いづらい
・イカの美しさが写真にあまり表れていない気がする

背景やライティング、水に浸した状態で写真を撮るなど色々試してみたいことがある。 この後2匹モドキを解剖したけれど、あまり効率よくしてやれなかったので、少し残念さがある。

このホタルイカモドキは味がなかなか面白かったので、別のブログで公開する予定。乞うご期待。

※2021/03/21追記。長い食レポが仕上がった。味だけ知りたい人は後半から読んでね。

www.michael-sepio.com