佐野まいけるのイカ解剖ログ

趣味で解剖したイカの記録を載せていきます。

コウイカ_メス_成熟度3a_SE-210225-001

基本情報

標準和名:コウイカ
学名:Sepia esculenta
雌雄:メス
成熟度:3a
体重:472.5g
外套背長:17cm

ID:SE-210225-001
解剖日:2021/2/25
入手日:2021/2/25
入手方法:採取(沖釣り)
産地:東京湾
状態:

解剖雑記

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解剖してから3か月も寝かせてしまったので、テンションが分からなくなってしまった。2月に自分で釣ってきたコウイカである。釣りの時に初めての試み(後述)をして、それがうまいこと成功して有頂天だった。8時間にわたる船釣り後、間髪入れずに解剖したので鮮度は抜群。今回は写真多めでお送りする。

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これはよじれた第Ⅱ腕。よじれ部分のオパールのような輝きは、釣った者だけが見ることが出来る特典。

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外套膜先端の棘とそれを包む皮、周りのふくらみなどすべてが良い。

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第Ⅰ腕を持ちあげたところ。根元に明瞭な丸いくぼみがある。これはなんだ?確か他の腕の根元にもあった気がするが、記憶が定かではない(無念)。くぼみに対応する凸がないように見えるのもよく分からない。空いているならそこに住まわせてほしい。

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腹側。冗談みたいに白い。漏斗に縦に切れ目が入っているのが今回のポイント。これは人為的に切ったものである。

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私が勝手に「コウイカの尻」と呼んでいる部分。コウイカ系の第Ⅳ腕はむっちりとしており、鶏かカエルの脚のようでおいしそうだ。実際、旨い。

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第Ⅳ腕を別角度から。発達した泳膜が見られる。かっこいいなー。これでバランスを取っているらしい。

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お待ちかねの開腹。見て。よく見てください。これは「コウイカ」の内臓だよ。コウイカといえば大量の墨を吐き、あっという間に内臓が黒く染まってしまうイカなのだが、これはどうよ。一点の墨汚れもない美しい状態。プリップリのメスだ。

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その秘密は、これ。画面中央の黒い部分は結束バンドだ(飛び出た部分は切ってある)。釣ってすぐに墨袋の出口を結束バンドで縛る、「墨袋縛り」という処置を施したおかげで、内臓が墨で汚れずに済んだのである。この墨袋縛りについては、後日別ブログで紹介する。

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嬉しいからもう一枚、斜めからどうぞ。こういう状態のコウイカを奇跡的に買えたことがあったんだけど、その時は墨袋を破いてしまって見るも無残な状態になったのだった。今回、こんなにきれいな状態のコウイカを解剖できることに興奮を禁じ得ない。

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コウイカの漏斗軟骨器は丸っこい形で可愛い。左がボタン穴(凹)、右がボタン(凸)。パチッと留められて気持ちよい。形は違えど、ボタン構造は多分ほとんどの種類のイカにあるんじゃないかな。

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体の中も外も、オパールのような輝きで観ていて飽きない。この美しさを切り取るカメラ技術が欲しい。

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開いてまず目に飛び込んでくる白子のような臓器は、包卵腺。卵一つ一つを包むゼリーを作る器官だ。よく見ると細かい筋のようなものが通っており、光の加減で七色に光る。

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包卵腺の根元についている薄オレンジ色の器官は副包卵腺と思われる。包卵腺から分泌されたゼリーの中で雑菌の繁殖を抑える成分などを作るのが副包卵腺らしい。

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画面中央の白い小さな器官が輸卵管腺。包卵腺由来のゼリーよりさらに内側で卵を守るゼリーの材料を作るところらしい。コウイカの輸卵管腺は結構小さいのね。

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卵巣と卵はこんな感じ。白っぽいのが未成熟卵の入った卵巣で、透明なところが熟卵と思われる。左端のほうにちょろっとついている白いのが輸卵管腺。

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墨袋をはがしてく気持ちよさ。

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この宇宙のような墨袋、美しいだけでなくなんと動いた!その時の動画をどうぞ。 www.youtube.com

研究者の方にも見ていただいたのだが、墨袋がこんな風に動くのを見たのは初めてのこと。でも確かに動いても不思議じゃない。勢いよく墨を吐いたり、逆にピタリと止めたりするには何らかの力が必要だもんね。墨袋には括約筋があると奥谷先生の本には記載があるが、それらしきものを視認できない。どれが括約筋なのかなぁ。

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墨が漏れていないから、エラも美しい。エラは一度墨を吸うと元に戻らないから、この状態はとても貴重だ。鳥の羽のように血管が通っているのがわかるだろうか。薄青い血液が通っていて、血管表面は偏光パールのような美しさ。

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エラ、墨袋、生殖器を取り去ったところ。盲嚢と胃と膵臓、腎臓、肝臓が見える。胃と盲嚢はすごくゆっくり動いていた。スルメイカの胃とかは薄くて伸縮性に富んでいる感じなんだけれど、コウイカの胃はなんだか筋肉の塊という感じであった。伸ばせば伸びるのかもしれない(やらなかったのが悔やまれる)。

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今回の解剖写真の中でも特に気に入っているのはこの一枚。写真右下の外套膜断面からはコウイカの肉厚さ、旨味まで伝わってきそうだ。写真中央にはポチっと丸く可愛いボタン穴。そこから右手の甲にかけて、漏斗牽引筋と肝臓が緩やかな曲線を描いている。ハッとする白さの甲も良い。写真中央やや下あたりの星状神経節から神経が扇状地のように広がっている。写真左には背側の皮膚が写っており、天の川のような景色だ。

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頭や腕ごと肝臓をべろりと剥がすと、甲が現われる。頭側の先端はこのように薄皮でおおわれているんだな。

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腹側を上にした状態で、口周りを見たところ。ちょっとクチバシのような肉のでっぱりがある。

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そこをぺろりとめくると、中に精子塊が! これが受精托というやつか。初めて見たので静かに興奮。

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さらにアップでどうぞ。オスから受け取った精子塊はここに貯めておくんだね。これがどんな経路をたどって受精するのか、夢膨らむな(もう解明されてたらこっそり教えてください)。

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眼球の美しさは語るまでもないだろう。

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平衡石も両側採取出来て満足。小さなものを撮れる顕微鏡のおもちゃみたいなものを買ったので、時間があるときに拡大してみよう。

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口球から顎板(カラストンビ)を取り出そうとしたら、全然肉が外れなくて焦った。肉と顎板がしっかりくっついていて、無理に取ろうとすると肉がちぎれてしまう。ツルっと外れるイカと、このようになるイカといるので種類の違いかと思っていたが、どうやら鮮度の違いのようだ。鮮度が良ければ良いほど取り出しづらい印象。口球だけ一晩寝かせてから処理してみようかな。

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10分くらい格闘してようやく取り出した顎板。右が上顎板(カラス)、左が下顎板(トンビ)。

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完璧な状態で取り出せた甲。縁が薄くて、乱暴にすると割れちゃうんだよね。今回はうまくいった。チュンっと上向きに伸びている棘が、なんとなくツノゼミっぽくて可愛い。

反省点

・解剖から記録まで間が空きすぎた
・内臓がせっかく美しいのに、背景のせいで損をしている
・細かな部位が観察しきれていない

解剖からブログアップまで3か月空いてしまい、記憶や興奮が薄れてしまった。サボっていたわけではなくシンプルに多忙だったのだが、そうとばかりも言っていられない。ボイスレコーダーなどを使って(解剖中はメモ書けないので)、臨場感ある記録を残したい。

今回のように素材のポテンシャルが高いときは特に己の撮影技術の未熟さが目立つ。解剖している黒ゴムマットだと汚れが目立つため、せめて背景が気にならないように、撮影用の皿を買った。エラは塩水中で撮影するなど工夫をしたい。また、TV出演時に「解剖した全体の写真ありますか」とよく聞かれたので、バラした内臓を美しく並べた写真も撮れるようになりたい。

細かな部位の観察については、顕微鏡のおもちゃ的なものを買ったのでそれを使うのが一つ。また、細部の観察までできない主な理由は気力・体力不足なので、楽な解剖姿勢や効率的な解剖手法を確立することも必要かもしれない。いつも腰が死んでいる。